ヘルプ
問い合わせ
キャンパスライフ>
会津短大 受験生の方へ 地域の方へ 企業・団体の方へ 卒業生の方へ 保護者の方へ
 

  周辺環境
 
会津大学短期大学部の周辺環境について紹介します。

鶴ヶ城
鶴ヶ城は会津若松市の中心部南側に位置し、今からおよそ600年前以上前に葦名直盛によって築城されました。当時は東黒川館と呼ばれ、その後蒲生氏郷氏が7層の天守閣を完成させました。戊辰戦争で落城後、昭和40年に再建され、かつての偉容を偲ばせる鶴ヶ城が再現されました。場内には千利休の子、少庵が設計した由緒ある茶室麟閣や藩士が登場する際に太鼓を打ち鳴らしたことからその名が付いた太鼓門、名曲「荒城の月」は土井晩翠作詞ですが、歌詞のモデルになった城の一つといわれていて荒城の月碑などがあります。また、鶴ヶ城周辺には福島県立博物館、天文台跡、会津藩家老・内藤家の白露庭など名所が多くあります。

御薬園
御薬園は鶴ヶ城の北東(本学からは徒歩で25分程度)にある国指定の名勝で、回遊・舟遊式の庭園です。起源は永享年間(1429〜41)で当時の藩主葦名氏の10代盛久が霊泉の湧くこの地に別荘を建てたのが始まりです。歴代の藩主の別荘として利用されながら庭園化されてきました。2代目藩主保科正経がここに数多くの薬草を栽培したことから御薬園と呼ばれています。園内には約400種類の薬草が植えられています。四季折々の美しい庭は人の目を楽しませてくれます。

飯盛山
本学の南東にある飯盛山は歩いて15分程度の近い距離にあります。飯盛山は戊辰戦争の祭白虎隊士自刃の地として有名で、白虎隊士の墓には当時亡くなった19名の霊が眠っています。近くには会津盆地の灌漑用水路として飯盛山を掘り抜いて作られた戸の口堰洞穴があります。戊辰戦争時に戸ノ口原合戦で破れた白虎隊が追っ手から逃れる秘密の抜け穴としてこの水路を利用したといわれています。また、通称さざえ堂と呼ばれる旧正宗寺三匝堂があり、六角三層で階段のないゆるやかな回廊をらせん状に登っていくと、いつのまにか下りになって出口にでてしまう不思議な構造の仏堂があります。旧白川街道滝沢峠の登り口には旧滝沢本陣があります。江戸時代には参勤交代や藩内巡視の際に藩主が休憩所として利用していました。戊辰戦争時には藩主松平容保がここに本営を置き指揮をとったといわれています。

磐梯山
福島県を代表する名山として全国に知られていますが、本学からもその雄姿を見ることが出来ます。1889年の大爆発で裏磐梯という高原地帯ができ、標高1819mの秀峰磐梯山が誕生しました。変化に富んだ地形は、眩しいばかりの新緑、鬱蒼とした夏の緑、燃えるような紅葉、壮大な雪景色など四季折々の彩り豊かな表情をみせ、私達の心を和ませてくれます。また、遠くには近隣で最も高い雄峰飯豊山や大日岳を望むことができ万年雪が冠雪している雄姿を望むこともできます。

 

(C) 2006 Junior College of Aizu All Rights Reserved.